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PORSCHE GATE JOURNAL

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赤字覚悟で始めた工房、最初の一台が教えてくれたこと

空冷ポルシェ
東京・青山 2026年8月18日OPEN 会員先行登録受付中(定員100名)・大阪と同一料金プラン
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正直に言うと、最初の半年は毎晩帳簿を眺めては胃が痛くなっていた。空冷ポルシェの専門工房なんて、そんなものは儲かるわけがないと、独立を決めたときに知り合いの整備士に真顔で言われたことを今でも覚えている。それでも始めてしまったのだから仕方がない。

看板を出しただけの、がらんとしたガレージ

開業初日、シャッターを開けたガレージには自分の道具と、中古で買ったリフトが一台あるだけだった。電話は鳴らない。問い合わせフォームには迷惑メールしか届かない。空冷の911なんて、もう時代遅れの旧車だと言われていた時期だ。水冷の新型に乗り換える人こそが「賢い」とされていた空気の中で、なぜ自分は逆を向いているのだろうと、何度も自問した。

妻には何も言わなかったが、たぶん気づいていたと思う。休日に出かける回数が減り、代わりにガレージで油まみれになって過ごす時間が増えていった。誰にも頼まれていない整備マニュアルを、深夜に自分用にまとめ続けていたのもこの頃だ。

最初のお客様が乗ってきた、色褪せたイエローの911

最初に扉を叩いてくれたのは、色褪せたイエローの911に乗る年配の男性だった。「どこに頼んでも部品がないと断られる」と、少し疲れた声で言われたのを覚えている。エンジンを下ろして原因を探ると、誰かが以前応急処置で済ませた配線が、何年もかけて少しずつ車を傷めていたことが分かった。直すのに三日かかった。請求額は、正直かなり控えめにした。利益よりも、この人にもう一度この車を気持ちよく走らせてほしいという気持ちのほうが強かったからだ。

納車の日、エンジンをかけた瞬間にその人が見せた顔を、今でも忘れられない。言葉にならない安堵と、少年のような笑顔が同時に浮かんでいた。「これでまた乗れる」とだけ、小さく呟いていた。その一言のために、この仕事を選んだのだと思えた瞬間だった。

数字では測れないものが、いつのまにか支えになっていた

あれから何年も経って、帳簿を見て胃が痛くなることはさすがになくなった。それでも今でも、新しい一台がガレージに入ってくるたびに、あのイエローの911を思い出す。効率だけを考えるなら、もっと割のいい仕事はいくらでもあっただろう。それでも、部品が手に入らないと諦めかけていた誰かの車を、もう一度走れる状態に戻す瞬間だけは、他のどんな仕事にも代えがたい。

今日もガレージのシャッターを開けると、油と鉄の匂いがする。この匂いに惹かれて、ここまで来てしまったのだと思う。


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